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函館地方裁判所 昭和29年(ワ)211号 判決

原告 八雲町農業協同組合

被告 森山容典 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は被告等は別紙目録〈省略〉記載の物件を訴外伊藤義良所有の山越郡八雲町大字山越内村字野田追七十三番地の十五、家屋番号同字第四一九番の三、木造柾葺平家建工場建坪二十八坪に運び戻し、これを原状に取付け、かつ原告のこれに対する抵当権実行を妨害するな。訴訟費用は被告等の負担とする、との判決を求め、請求原因として、原告は昭和二十六年五月十四日訴外伊藤義良に対し、金二十万円を弁済期昭和二十七年四月十四日、利息日歩四銭と定めて貸し渡し、その担保として同訴外人所有にかゝる請求の趣旨記載の建物およびこれに設備した別紙目録記載の物件(以下本件物件という)について抵当権の設定を受け、右建物について抵当権設定登記をなすとともに本件物件は工場抵当法第三条による物件目録に登載された。訴外伊藤義良は弁済期に弁済しないので、原告は昭和二十八年十月七日当庁に対し右建物及び本件物件について抵当権実行による競売申立をしたところ右事件は当庁昭和二十八年(ケ)第一一一号不動産競売事件として係属し、当庁は昭和二十八年十月七日右建物及び本件物件について一括して競売開始決定をし、目下手続進行中である。然るに被告森山は右の事実を知りながら、原告不知の間に実力を以てほしいまゝに本件物件を取外し、被告横田方倉庫に運搬し、被告横田はこれを被告森山のため占有保管している。本件物件は前記工場に設備せられることによつて、共にその担保価値を有するものであつて、これを分離するときは工場建物も本件物件もその価値甚しく低下するところ、これを競売事件における鑑定人の評価に見る建物は十九万六千円、本件物件は工場備付の儘ならば二十四万円、これを工場より分離するときはその半額であるというのであり、建物は競売期日において不能三回に及び現在その最低価格を十五万八千七百六十円にされている状態で建物のみを競売する場合原告の債権額を充足し得ないことは明らかである。よつて、原告は被告等に対しその占有にかゝる本件物件を請求趣旨記載の建物に運び戻しこれを原状のとおり取付けると共に本件物件に対する抵当権実行の妨害排除を求めるため本訴請求に及んだと述べ、被告森山が本件物件を訴外間慎三に譲渡したとしても、右譲渡は被告森山が本件物件について即時取得のあつたことを装わんがためなした仮装のものであり、被告森山は訴外間と共に本件物件を被告横田方に運び、被告横田は被告森山および訴外間のため現実に占有しているものであるから本訴請求は正当であると述べ、抗弁に対し、(一)本件物件は工場抵当法第三条第二項第三十五条により登記せられた抵当物件とみなされ、抵当権者の同意を得て分離せられた場合の外、その所有権が第三者に移転し引渡がなされた場合にも抵当権はこれに追及する効力を有するものであることは同法第五条第一項により明白であるところ、被告森山は本件物件に対する原告の抵当権の存在を知りながら、常に執行吏に同行している同業者の訴外辻を競落人とし、同日更に同訴外人から買受けたものであるから、被告森山は本件物件について善意の取得者にあたらない。(二)仮にそうでないとしても本件物件が工場備付のものであり、その差押当時運転中であつたことは被告森山及び訴外辻において知つていたのであるところ、かゝる物件は往々にしてその工場と一体をなして抵当権の目的とされているものであることは容易に推察できるところであり、殊に被告森山や訴外辻のように執行吏の専従道具屋として年中競売に関与している者としては当然知つているべきものであるにもかゝわらず、注意を怠り、本件抵当権の存在を知らなかつたとすれば、訴外辻及び被告森山はともに本件抵当権の存在しないことを知らないことについて過失があつたといわなければならない。(三)即時取得の要件である占有取得は現実の引渡でなければならないところ、本件物件は競売によつても、又被告森山が訴外辻から買受けた際も何等訴外伊藤義良の占有状態に変更がなかつたものであるから、被告森山主張の即時取得の抗弁は失当である、と述べた。〈立証省略〉

被告森山訴訟代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、請求原因に対する答弁として、被告森山が原告主張の事実を知りながら、原告不知の間に実力をもつてほしいまゝに本件物件を原告主張の工場から取外し、被告横田方倉庫に運搬し、被告横田がこれを占有保管している事実は否認する。その余の原告主張事実は不知と答え、抗弁として、(一)本件物件は元訴外伊藤良一の所有であつたところ、昭和二十七年十月十一日、被告森山の委任した函館地方裁判所執行吏荒竹進により差押えられ同月二十日強制競売に付されたところ、訴外辻貴之において競落し、被告が同年十月二十九日訴外辻から代金六万五千円で買受けたが、昭和二十九年四月二日訴外間慎三に対し譲渡し、訴外間において同日訴外日本通運株式会社野田追営業所に対し函館に運送方を依託し、同訴外会社において保管中のものである。従つて本件物件は訴外間慎三の所有であつて、被告森山は本件物件の所有者ではないから本訴請求は失当である。(二)仮に本件物件が訴外伊藤義良の所有であつたとしても、本件物件について右執行吏はこれを訴外伊藤良一の所有と信じ、同人に対する債務名義をもつて強制執行し、競売したものであつて、その競落人である訴外辻貴之は訴外伊藤義良の所有であることを知らないで、平穏公然善意無過失で本件物件を競落し、占有を始めたものであるから、即時取得により本件物件の所有権を原始取得したものである。更に被告森山は訴外辻から本件を同人の所有と信じて買受け平穏公然善意無過失に占有を始めたものであるから訴外辻の本件物件の所有権を取得したか否かに拘らず、被告森山においても即時取得により、本件物件の所有権を原始取得した。かように、被告辻又は被告森山において本件物件の所有権を原始取得し、これによつて原告の本件物件に対する抵当権は消滅したものであるから、原告の本訴請求は失当であると述べた。〈立証省略〉

被告横田は原告の請求を棄即する、との判決を求め、答弁として被告森山が本件物件を被告横田の倉庫に運搬し、現在被告横田が本件物件を占有保管中であることは認めるが、その余の請求原因事実は不知と答えた。

理由

一、登記所作成部分の成立に争いがなく、弁論の全趣旨によつてその余の部分の成立についても認めることのできる甲第一号証、成立に争いのない甲第二号証および証人伊藤義良の証言によれば、原告は昭和二十六年五月十四日訴外伊藤義良に対し金二十万円を弁済期昭和二十七年四月十四日、利息日歩四銭と定めて貸し渡し、その担保として、同訴外人所有にかゝる山越郡八雲町大字山越内村字野田追七十三番の十五、家屋番号同字第四一九番の三、木造柾葺平家建工場建坪二十八坪およびこれに設備した本件物件について抵当権の設定を受け、本件物件は工場抵当法第三条による物件目録に登載されたが、訴外伊藤義良は弁済期に弁済しないので、原告は昭和二十八年十月七日当庁に対し右建物及び本件物件について抵当権実行による競売申立をしたところ、右事件は当庁昭和二十八年(ケ)第一一一号不動産競売事件として係属し、当庁は昭和二十八年十月九日右建物及び本件物件について一括して競売開始決定をしたことを認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。右競売事件が現在手続進行中であることは弁論の全趣旨によつて認めるに充分である。

二、証人伊藤義良、辻貴之、森山道孝の各証言、成立に争いのない乙第四ないし第六号証、証人辻貴之の証言によつて成立を認める乙第一号証を綜合すれば次の事実が認められる。すなわち、本件物件は前記抵当権設定当時訴外伊藤義良の所有であつたが、その後本件物件のみが強制執行により競売され、訴外伊藤義良の実弟である訴外伊藤良一が競落し、その所有となつた。しかし本件物件は右競売の前後を通じ前記建物に備付られた儘であつた。被告森山は訴外伊藤義良に金員を貸付け、訴外伊藤良一はその連帯保証人となり、右消費貸借について執行認諾付の公正証書が作成されたところ、右訴外人等が返済をしないので被告森山は公正証書を債務名義として訴外伊藤良一に対する強制執行を函館地方裁判所執行吏荒竹進に委任し、右執行吏は昭和二十七年十月十一日本件物件を差押え、同月二十日強制競売に付したところ、訴外辻貴之がこれを金五万二十円で競落し、同訴外人は同月二十九日被告森山に本件物件を金六万五千円で売渡したが、本件物件は後記認定のとおり被告森山の代理人である訴外森山道孝が昭和二十九年三月二日前記建物から取外して搬出するまでは前記建物に備付けられた儘少しも移動されなかつた。以上の事実を認めることができ、被告森山は訴外辻貴之の競落の際又は被告森山の買受の際本件物件を民法第百九十二条の規定により即時取得したと主張するので検討するに本件物件は工場抵当法第二条による抵当物件であつて、同法第三条による目録記載物件であることは前記認定のとおりであるところ、工場抵当法第二条による抵当権の目的物件は抵当権者の同意を得て分離された場合の外たとえ転々売買され或は建物から分離され、第三者に引渡されたとしても、これに対する工場抵当法第二条による抵当権は消滅せず、右目的物件に追及する効力を有することは工場抵当法第五条第一項の明定するところであるが、右物件は動産としての性質を失うものではないから民法第百九十二条の適用があることは工場抵当法第五条第二項によつて明らかなところで民法第百九十二条の適用があるというのは、工場抵当法第二条による抵当物件の所有者でない者を所有者と信じ所有の意思をもつて平穏公然善意無過失で占有を取得した場合に、所有権を原始取得することを意味するだけでなく、工場抵当法第二条の抵当物件について右抵当権がないものと信じ、かつ信ずるについて過失なく平穏公然に占有を取得した場合には右抵当権によつて制限されない所有権その他の物権を取得する趣旨であると解すべきところ民法第百九十二条にいわゆる占有は現実の引渡であることを要し、占有改定のように従来の占有事実の状態に何等の変更のない場合には同条の適用がないものと解するのが相当であつて、この点は強制競売における競落によつて所有権を取得した場合でも異るところはないから、本件物件は訴外辻及び被告森山が所有権を取得した当時占有事実の状態に何等の変更のなかつたこと前記認定のとおりである以上訴外辻が本件物件の所有権を競落によつて取得し、更に被告森山が売買によつてその所有権を取得したことによつては原告の工場抵当権の追及を免れることはできないといわなければならない。従つて、即時取得を理由とする被告の抗弁は理由がない。

三、しかして競売開始決定は反証のない限り直ちに競売申立記入登記および右決定が債務者および登記簿上の物件所有者に送達されることによつて差押の効力を生じたものと解するのが相当であるところ、競売開始決定による差押の効力の発生した以後、抵当物件についてなされた処分行為はこれをもつて抵当権者に対抗できないことは明らかなところであるから、仮に被告森山の主張するように被告森山が昭和二十九年三月二日本件物件を訴外間慎三に売渡したとしても、本件物件が右競売開始決定による差押の効力発生当時、原告の工場抵当法による抵当権の目的物となつていたこと前記認定のとおりである以上その後における被告森山の処分行為はこれをもつて右抵当権者である原告に対抗できないところであるといわなければならない。従つて本件物件の所有者が被告森山でないことを理由とする被告の抗弁も理由がない。

四、原告は工場抵当法による抵当権にもとずき被告等に対し本件物件の前記建物への運び戻し、および原状に取付けることを請求するので、右抵当権に右のごとき請求権があるかどうかについて考えるに抵当権も物権の一種であるから、物上請求権を有することは勿論であるが抵当権はその性質上目的物を占有すべき権利を包含しないから、右物上請求権には抵当不動産から分離せられた附加物、従物等に対する返還請求権は含まれないと解すべきであつてこのことは抵当権実行による競売手続が開始され、抵当物件について競売手続開始決定による差押の効力が発生した後において、異らないと解すべきである。何となれば競売手続開始決定による差押の効力は物件所有者からその占有を奪うものではなく所有者は依然としてその占有を継続できるからである。かゝる抵当権の法的性質は工場抵当法第三条による目録記載物件に対する抵当権についても妥当するものであつて、同法第七条が抵当権者の同意なしに建物備付の機械器具を建物から分離することを禁じ同法第四十九条においてこれに違反した右物件所有者に刑事罰を科することを規定していることも右結論を左右するに足りない。このことは同法第五条において抵当権者の同意を得ずに建物から分離された機械器具にも同法による抵当権の効力の追及することのみ規定し、それ以上に右物件に対する返還請求権のあることを規定しなかつたことからもうかゞわれる。従つて本件物件の運び戻し、および原状取付を求める原告の請求は既にこの点において失当である。

五、次に被告等に対し、原告の本件物件に対する抵当権実行を妨害しないことの不作為を求めるので考えるに、被告森山が本件物件の所有者であること、本件物件に対し原告の抵当権の効力が及んでいることは前記認定のとおりであり、証人森山道孝、間慎三の各証言、および前記乙第二号証によれば被告森山の代理人である森山道孝が訴外間慎三とともに昭和二十九年三月二日本件物件を前記建物から取り外して搬出し被告横田にその保管を託したことを認めることができ、被告横田が本件物件を占有していることは原告と被告横田との間に争いのないところ、本件物件を含む前記建物に対する競売手続が現に進行中であることは前記認定のとおりであり、抵当権実行による不動産競売手続は抵当物件を物件所有者に占有させたまゝで進行するものであつてこのことは工場抵当法第三条目録記載物件についても同様であるから、競売手続進行中抵当物件である備付機械器具が抵当建物から分離され、外部に搬出されたとしても、それによつて、右競売手続はその進行を止められるわけではなく、右機械等が、第三者の手に渡つたときでもそのまゝの状態で右物件についても競売手続は進行できる(右備付機械が分離せられるときは、それによつて競売価格が下落し、抵当権者が損害を受けることは考えられるが、それにもかゝわらず、競売手続の進行は何等妨げられるものではない)のであるから、原告主張のような行為が被告等にあるからといつて、被告等に対し原告の本件物件に対する抵当権実行の妨害禁止を求める本訴請求はいわゆる訴の利益を欠くものであつて失当である。

六、よつて原告の請求は全部失当として、これを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡松行雄)

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